「日本第一党・荒巻靖彦が刺し殺そうとしたのは誰? それはあなた」

 2006年、「在日特権を許さない市民の会」と称する極右団体が登場し、その後「日本第一党」と名前を変えつつ、戦後日本社会の鬼胎として成長を続けてきました。この団体は、「愛国」の名の下、朝鮮民族を敵視し、その抹殺を掲げ、ヘイトスピーチ(差別扇動)活動を繰り広げ、さまざまな違法行為(ヘイト・クライム)にも平然と手を染めてきました。

 そしてついに、これらの活動の必然的な帰結を示す決定的な出来事が起こってしまいました。

 2020年11月25日、この団体の幹部の一人であり、党首の桜井誠を崇拝する荒巻靖彦が、差別扇動に反対していた伊藤大介さんに対して凶器を振るったのです。幸い、伊藤さんが身を挺して荒巻を制止したことによって、傷を負ったものの殺害は免れました。しかし、その制止がなければ確実に殺されていたでしょう。荒巻は警察に殺人未遂で現行犯逮捕されました。

 日本第一党党首・桜井誠は、この事件の後、「ケジメを付ける」と称して荒巻を除名処分にし、自らはこの事件と無関係であるかのように装っています。

 しかし、日本第一党桜井誠が、犯行に直接関与していないから自分は関係ないというのは、ナチスがユダヤ人虐殺を決定したヴァンゼー会議にヒトラー自身は出席していなかったからヒトラーはユダヤ人虐殺に関与していないというのと同じです。

 この事件の本当の恐ろしさは、人間がある範疇(カテゴリー)に属しているというだけでその人を殺害してよいと考える思想と、それを躊躇なく行える実行者が、この社会の中に厳然と存在しているという事実にあります。この思想をレイシズムと呼び、それを体現するのが日本第一党であり、犯罪の実行者を代表するのが荒巻靖彦です。

 荒巻は、自ら用意した刃物で伊藤さんを刺すとき「この〇〇が!」と朝鮮人への蔑称を叫びました。彼にとっては、レイシズムに反対する者はすべて朝鮮人なのでしょう。その刃はレイシスト以外のあらゆる人間に向けられる可能性をもっているのです。

 この事件は、とりわけ朝鮮半島をルーツにもつ人々に衝撃を与えました。しかし、この社会の多数派である大半の日本人は押し黙ったままです。インターネットに溢れる極右・差別・排外主義の声高で口汚い主張に怯え、恐れているのでしょうか。

 SNSに溢れる差別や排外の主張は、ごく少数の極端な人々が繰り返し叫んでいるにすぎません。インターネットの中の大声は、実社会ではまだ限られた少数派です※1。しかし、人々を恐怖させ、時代を暗転させるにはそれで十分なのです。このままでは、いずれ極右の差別排外主義者がこの社会の権力を握る日が来るかもしれません。

 第一次世界大戦後のドイツにナチスが誕生し、それがヒトラーに率いられて政権を奪取するまで、わずか14年しかかかりませんでした。在特会が誕生して、今年で14年です。この14年の間に、この団体は、殺人を平然と実行する構成員を生み出しました。

 私たちは、「沈黙の螺旋(らせん)」※2をこれ以上重ねてはなりません。残された時間は決して長くはありません。私たちは、彼らに明確なNOを突きつけなければならないのです。

  この犯罪を許してはなりません。

以上

2020年12月16日
のりこえねっと

 

20201216_荒巻殺人未遂事件についての声明(のりこえねっと)

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【備考】

※1 橋本健二(早稲田大学)『誰が安倍政権を支えてきたのか――「新自由主義右翼」の正体』 岩波「世界」2020年11月号

排外主義に同調し格差を肯定する新自由主義右翼(この大多数が自民党を支持している)の人口クラスターは1割程度。このクラスターがレイシスト予備軍である。しかし、その全員がレイシストになるとは限らず、レイシストの人口規模は最大に見積もっても数パーセントに届かない。ただ、彼らは所得も高く余裕のある新中間層なので、もっぱらネットの中の言論空間で大暴れしている。

 

※2 「沈黙の螺旋(らせん)」(spiral of silence)

ドイツの女性メディア研究者エリザベート・ノエル・ノイマンの言葉。彼女は、ナチス時代になぜ極右の言論だけが社会を席巻し、多様な言論がなくなっていったかを分析し、「沈黙の螺旋」理論をまとめた。

  • 人びとは孤立を恐れ、意見を表明する際にはどの意見が多数派で優勢かを確認する。
  • 自分の意見が少数派で劣勢なら意見表明は控えてしまう。逆に多数派で優勢だと思えば意見表明の積極性が増す。
  • その判断の基準となるのがマスメディア。マスメディアが特定の意見を多数派・優勢意見として提示すると、少数意見は表明されにくくなり、多数派はますます多数に、少数派はますます少数になる。
  • 「らせん」とはこのような相乗的累積的増幅過程を言う。つまり、マスメディアの持つ遍在性・累積性・共振性が、受け手の選択メカニズムを阻害する。